民法相続編の見直しに伴う相続税制の改正(その3)
遺留分制度についての改正と税務
Q1.民法に定める遺留分制度が改正されたそうですが、その改正内容と税務への影響について教えて下さい。
A1.はじめに
令和元年7月1日から施行された新民法(以下「新法」といいます)において遺留分制度が以下の3点について改正されております。
- 1)遺留分減殺請求権の効力及びその法的性質の見直し
- 2)遺留分及び遺留分侵害額の算定方法の見直し
- 3)遺留分侵害額の算定における債務の取扱いの見直し
1.遺留分減殺請求権の効力及びその法的性質の見直し
-
1)旧民法(以下「旧法」といいます)における遺留分の取扱いと問題点
- ①「遺留分」とは被相続人が生前贈与、又は遺言による処分を行っても奪うことができない相続人に留保された相続財産の一定割合(下表参照)のことで、遺留分割合の改正はありません。
- (注1)子、直系尊属又は兄弟・姉妹が数人あるときは各自の相続分は均等となります。
- (注2)父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の1/2となります。
- (注3)代襲相続人の相続分は、その直系尊属が受けるべきであった相続分と同じです。
- (注4)兄弟姉妹には法定相続分は認められていますが、遺留分権利はありません。
また兄弟姉妹の子に限り代襲相続権は認められていますが、遺留分権利はありません。 - (注5)上表の遺留分割合は、法定相続分に次の区分に応じた割合を乗じたものです。
・直系尊属のみが相続人である場合 1/3
・上記以外の場合 1/2
- ②被相続人の生前贈与や遺贈により遺留分を侵害された相続人(=「遺留分権利者」)が、相続開始後、受遺者や受贈者からその財産処分の効力の一部を奪う行為を「遺留分の減殺」といい、この減殺を内容とする相続人の権利を「遺留分減殺請求権」といいます。
- ③遺留分権利者より減額の請求を受けると、減殺された遺贈又は贈与の目的財産は原則として、受遺者又は受贈者及び遺留分権利者との共有状態となることに伴う弊害も生じていました。
- ④つまり、旧法(1041条)でも受遺者・受贈者は遺贈又は贈与の目的物の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる旨の規定をしておりますが、弁償するまではいったん共有状態になることは避けられませんでした。
- ⑤そのため、受遺者又は受贈者に受贈等した財産以外に弁償すべき財源がないときは、共有状態を脱却することができないという課題がありました。
- 2)新法の改正内容
-
-
①旧法では「遺留分減殺請求権」の行使によって当然に対象財産に物権的効力が生じて共有状態になるとされていたことによる弊害に鑑み、新法では遺留分権利者は受遺者又は受贈者に対して、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求することができる「遺留分侵害額請求権」に改正されました。
つまり「遺留分の減殺」という用語は新法から削除され、「遺留分減殺請求権」という物権的な効力は、「遺留分侵害額請求権」という名称に変わり、金銭債権として一本化されました。 -
②なお、新法では上記遺留分侵害額請求権の行使を受けた受遺者又は受贈者が、すぐには金銭を準備することが困難な場合の救済策も設けられました。
つまり、遺留分権利者から金銭請求を受けた受遺者又は受贈者からの請求により裁判所が金銭債務の全部又は一部の支払いにつき、相当の期限を許与することができることとしました。(新法1047条第5項) -
③遺留分侵害額請求権の期間制限(新法1048条)
この権利は遺留分権利者が、相続開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った日から1年間行使しないときは、時効によって消滅します。
相続開始から10年を経過したときも同様です。
-
①旧法では「遺留分減殺請求権」の行使によって当然に対象財産に物権的効力が生じて共有状態になるとされていたことによる弊害に鑑み、新法では遺留分権利者は受遺者又は受贈者に対して、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求することができる「遺留分侵害額請求権」に改正されました。
-
2.遺留分及び遺留分侵害額の算定方法の見直し
- 1)見直しのあらまし
旧法では遺留分及び遺留分侵害額の算定方法は明示されておらず、判例により示された算定式につき、解釈上の争いがあった点を明確にした上で、以下のとおり明示されました。 -
- (A)遺留分(新法1042条)
=「遺留分を算定するための財産の価額」(=下記B)×遺留分割合(上記(表1)参照) - (B)遺留分を算定するための財産の価額(新法1043条)
=相続開始時における被相続人の積極財産の額
+相続人に対する生前贈与の額(原則死亡前10年以内の特別受益(下記(表2)②参照)
+第三者に対する生前贈与の額(原則死亡前1年以内の贈与(下記(表2)参照)
-被相続人の相続開始時の債務の額
- (C)遺留分侵害額(新法1046条第2項)
=遺留分(=上記A)
-遺留分権利者が受けた遺贈又は特別受益に該当する贈与の価額
-遺産分割により遺留分権利者が取得する遺産の価額
+遺留分権利者が承継する被相続人の相続開始時の債務の額
- (A)遺留分(新法1042条)
-
(注1)「特別受益に該当する贈与」とは、被相続人から婚姻若しくは養子縁組のため、もしくは生計の資本として受けた贈与をいいます。
改正により特別受益以外のこまごまとした贈与は「遺留分算定のための財産の価額」から除かれました。 - (注2)「遺留分権利者への損害の認識がある贈与」とは
遺留分権利者の遺留分を侵害すること、及びその後将来にわたって被相続人の財産が増加する可能性が少ないことをその贈与時点で認識してなされたものというのが判例の解釈です。 - (注3)相続人及び相続人以外の者に対する生前贈与(相続人に対しては特別受益に限ります)が、負担付贈与であった場合の上記(B)への加算額はその贈与財産価額から負担の価額を控除した額となります。(新法1045条)
- 2)遺留分及び遺留分侵害額の見直しについての補足説明
-
- ①「遺留分を算定するための財産の価額」算定において加算すべき生前贈与の範囲は(表2)のとおり見直しにより贈与の範囲及び期間が制限され、遺留分が大きくなり過ぎないよう配慮されています。
- ②一方、「遺留分侵害額」の算定において、遺留分から控除すべき特別受益に該当する生前贈与の価額については、年数制限が付されておらず、遺留分侵害額が過大にならないよう配慮されています。これは被相続人の生前贈与の意思を尊重する趣旨と思われます。
-
- 3)遺留分侵害額の負担の順序及び割合(新法1047条)
- ①受遺者又は受贈者は遺贈又は贈与の目的の価額を限度として遺留分侵害額を負担します。 ただし、受遺者又は受贈者が相続人であるときは、上記目的の価額からその者の遺留分権利相当額を控除した価額を限度として負担することになります。
-
②遺留分侵害額の負担の順序
- イ)受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担し、なお不足額があるときは、受贈者が残りを負担します。
- ロ)受遺者が複数あるとき又は受贈者が複数ある場合においてその贈与等が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的物の価額の割合に応じて負担します。
ただし、遺言者が別段の意思を表示しているときはそれに従います。 - ハ)受贈者が贈与時期を異にして複数あるときは、後の贈与に係る受贈者から順次負担します。
- 1)従前の取扱い
-
- ①従前から遺留分権利者が相続によって負担する債務があるときは、遺留分侵害額の算定において、その債務の額を加算することとされています。
- ②そのため、遺留分減殺請求を受けた受遺者、受贈者が遺留分権利者の代わりに相続債務を弁済した場合には、受遺者・受贈者は遺留分とは別に当該の弁済額を遺留分権利者に求債することで解決を図る必要がありました。
- 2)新法における取扱い
-
- ①遺留分侵害額の算定において、遺留分の額に加算する債務の額は、「相続人が相続分に応じて承継することになる被相続人の債務の額」である旨明文化されました。(新法1046条第2項3号)
-
②さらに今回の改正で、遺留分侵害額請求権という金銭債権が生じることとされたことを踏まえ、受遺者・受贈者が遺留分権利者が承継する相続債務を弁済・引受等の行為をしたときは、遺留分権利者に対して意思表示することにより、消滅した債務の額の限度において、遺留分侵害額のうち支払った相続債務分を消滅させることができるようになりました。
この場合、受遺者・受贈者が弁済等の行為によって遺留分権利者に対し取得した求償権も、消滅した当該債務の額の限度において消滅するとされました。(新法1047条第3項)
- 1)事例
- ・相続人Aは甲社の代表取締役である。
- ・相続人は 長男B(甲社専務取締役)、長女Cである
- ・Aの相続財産
甲社株式(1万株全部 評価額1億円)
甲社入居ビル(土地・建物 評価額1億)
Aの自宅(土地・建物 評価額3,000万円)
預貯金 1,000万円
Aの相続財産合計額=240百万円
- ・Aの遺言内容
相続人に次のとおり遺贈する旨の遺言をしていた。
長男Bには甲社株式、甲社ビル、Aの自宅全部
長女Cには預貯金1,000万円
- ・本事例における長女Cの遺留分侵害額
相続財産合計240百万円×遺留分1/4-Cの受贈額10百万円=50百万円
- 2)事例1)の従前の取扱い
- ①遺留分を侵害する遺贈は無効であり、長女Cより遺留分の減殺請求があると、Aの自宅、甲社株式、甲社ビルがBとCの共有財産となります。
この場合、甲社株式の議決権もB、C共有のため両者の意思が統一されない限り甲社は何も議決できない状態になります。 - ②長男Bは遺留分侵害額5,000万円相当額を現物分割で解消するのが原則ですが、相当額の価額弁償を選択することもできます。
これらの手続きが完了するまでは共有状態から逃れられませんでした。
- ①遺留分を侵害する遺贈は無効であり、長女Cより遺留分の減殺請求があると、Aの自宅、甲社株式、甲社ビルがBとCの共有財産となります。
- 3)事例1)新法の取扱い
- ①遺留分減殺請求権は遺留分侵害額請求権という金銭債権となりました。
長女Cより遺留分侵害額請求を受けて、Bは遺留分侵害額に相当する5,000万円の金銭の支払をすることになります。(遺言そのものは有効です)
この場合、Bが即時に全額の支払いができない場合は、裁判所の許可を得て金銭の支払い期限を設けることができます。 - ②現物返還した場合
- ・遺留分侵害額請求に対しては、金銭給付が原則であり例外は認められていません。
- ・それにも拘わらずBが現物返還をした場合は、遺留分侵害額請求権に対する代物弁済ということになり、Bに「譲渡所得」が生じることになります。
- ・この場合、申告期限(相続開始から10ケ月)までにBは遺贈の放棄をして、Cとの間で遺産分割協議を行って、遺留分侵害を解消することは可能です。
- ①遺留分減殺請求権は遺留分侵害額請求権という金銭債権となりました。