改正民法施行に伴う不動産の賃貸借に関する見直しについて
Q1.民法改正に伴い、不動産の賃貸借に関するルールの見直しが行われたそうですが、どんな改正ですか。
A1.改正民(債権法)が令和2年4月1日から全面施行されましたが、以下では不動産の賃貸借に関するルールの見直しに的を絞ってそのあらましをご参考に供させていただきます。
一.賃貸借の存続期間の上限の伸長
1.改正前
下記特別法の定め(表1)のあるものを除き、一般に賃貸借の存続期間の上限は20年と定められていました。
そのためゴルフ場の敷地や太陽光パネル敷地の賃貸借期間などで、賃貸借期間延長のニーズが高まっていました。
(表1) 賃貸借の存続期間の上限についての特別法の定め(注1)平成4年の改正借地借家法により、次の三種の定期借地権が認められています。
借地・借家権の権利が強すぎて、都会の一等地でも地主が賃貸を嫌がり、利用が妨げられていたためです。-
2.改正後(改正民法604条)
改正民法では、賃貸借の存続期間の上限を50年に伸長しました。
なお、当事者の合意があっても50年より長い期間の設定は無効です。
また、上記の特別法に定めるものは特別法が優先適用されます。
二.不動産の譲渡に伴う賃貸人たる地位の移転に関するルームの明確化
- 1.改正前(=明文規定なし)
- 1)賃借人が対抗要件(注2)を具備している場合の、賃貸借の賃貸人たる地位の移転
- ①この場合、不動産の賃貸人たる地位は当然に譲受人に移転し、不動産の譲渡人、譲受人間での賃貸人たる地位の移転合意や、賃借人への通知や承諾は要しないと解されていました。
ただし、賃借人が対抗要件を備えた賃貸不動産の譲渡による賃貸人たる地位の移転は、その不動産について所有権の移転登記をしなければ、賃借人に対抗することができないと解されていました。(最高裁判例による) - ②上記①の判例を踏まえると、賃貸不動産を投資法人等に譲渡する場合やリースパックする場合など、譲渡人が不動産の賃貸人たる地位を継続する形での取引ニーズに対応するには、不動産の譲渡人・譲受人間の合意のみでは足りず、個々の賃借人から賃貸人たる地位を留保することについての同意を得る必要があり、賃借人が多数にわたる場合には多大な労力を要していたようです。
(注2)不動産賃貸借の対抗力 - ①民法605条の賃貸借の効力
不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産を取得した者、その他の第三者に対抗することができる。 - ②登記はなくとも対抗しうる特別法の特則
- イ)借地借家法第10条の借地権の対抗力
借地権はその登記がなくても土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。 - ロ)借地借家法第31条の借家権の対抗力
建物の賃貸借はその登記がなくても建物の引き渡しがあったときは、その後その建物を取得した者に対しその効力を生ずる。 - 2)賃借人が対抗要件を具備していない賃貸借の賃貸人たる地位の移転
この場合、不動産の賃貸人たる地位は、賃貸不動産の譲渡人と譲受人の間で賃貸人たる地位の移転の合意をすれば、賃借人の承諾なくとも、賃貸人の地位は移転すると判例上解されていました。 - 2.改正後(改正民法605条による明文化)
- 1)賃借人が対抗要件を具備している賃貸権の賃貸人たる地位の移転
- ①この場合の賃借人たる地位は、原則として譲渡人から譲受人に移転するとされました。
- ②ただし、不動産の譲渡人及び譲受人が賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨、及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は譲受人に移転しないこととされました。
この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転することとされました。 - 2)賃借人が対抗要件を具備していない賃貸借の賃貸人たる地位の移転
この場合、不動産の譲渡人が賃貸人であるときは、その賃貸人たる地位は、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人との合意により譲受人に移転させることができると定められました。 - 3)賃貸人たる地位の移転を賃借人に対抗するための要件
不動産の譲渡人から譲受人に対して賃貸人たる地位が移転した場合、その地位の移転はその不動産について所有権移転登記をしなければ、賃借人に対抗することができないことと定められました。この登記要件は、上記1)及び2)に共通して適用されることになりました。
三.敷金の意義等の明文化
- 1.改正前
=改正前民法には敷金についての明文規定がなかったため、判例の積み重ねによる解釈が 次のとおり行われていました。 - 1)「敷金」とは賃貸人が賃借人に対して取引する一切の債権を担保する目的で、賃借人から賃貸人に対して差入れられる金銭と解されていました。
- 2)賃貸人の「敷金返還義務の発生時期」は賃貸借が終了して賃貸物が返還されたとき(つまり賃貸物の返還が先に履行されてからとされていた)、又は賃借人が適法に賃借権を譲渡したときと解されていました。
- 3)「返還すべき敷金の額」は、賃貸借の終了後賃貸物の明け渡しまでの間に賃貸借に基づいて生じた賃借人の金銭債務の額を控除した残額と解されていました。
- 4)賃借人の立退き完了前に賃貸人からは敷金を賃借人の債務に充当することができるが、賃借人からは敷金をその債務に充当することを主張できないと解されていました。
- 2.改正後(改正民法622条の2による明文化)
- 1)改正民法では、敷金についての明文規定を定め、その内容については改正前の判例により解釈されてきた内容
(上記改正前の1)〜4))をほぼそのまま明文規定で定める形となっています。 - 2)なお敷金の定義として次の通り明文で規定されました。
- ①いかなる名目によるかを問わず、「賃料債務その他の賃貸借に基づいて生じる賃借人の債務を担保する目的」で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。
- ②つまり、上記目的で差し入れられた金銭は保証金名目であっても敷金に該当し、上記目的以外の目的で差し入れられた金銭は敷金名目であっても敷金には該当しない。
四.賃借物の修繕に関するルールの明確化
- 1.改正前
- 1)「賃貸人は賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う」としか規定がなく、従って賃借人の帰責事由によるものであっても賃貸人が修繕義務を負うべきなのか疑問でした。
- 2)賃借人が賃貸人に対して修繕が必要なことを通知したにも拘わらず.、賃貸人が修繕を行わないなどの一定の場合には、賃借人自らが修繕を行いその費用を賃貸人に請求できると判例で解されてはいたものの、改正前は賃借人の修繕権限を定めた明文規定はなく、いかなる要件の下で賃借人が自ら修繕を行うことができるかが明確ではありませんでした。
- 2.改正後
- 1)改正法では、原則として賃貸人が修繕義務を負うとの規定を踏襲した上で、賃借人の帰責事由により修繕が必要となった場合には、賃貸人は修繕義務を負わないことを明文化しました。(改正民法606条)
(注3)この改正によっても、なお賃貸人は主要構造部分の修繕を行い、部分的な修繕は賃借人が負担する旨の約定をしていなければ、賃借人の帰責事由によるもの以外は、全て賃貸人の修繕義務になりかねませんのでご留意下さい。 - 2)賃借人が自ら修繕を行うことができるできる場合として、次のケースを定め賃借人の修繕権限を明確にしました。(改正民法607条の2)
- ①賃借人が修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がそのことを知ったにも拘らず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
- ②急迫の事情があるとき
雨漏りによって、放置すれば階下の建物にも被害が拡大するなどが急迫の事情例となります。
五.賃借人の原状回復義務及び収去義務に関するルールの明確化
- 1.改正前
- 1)「賃借人は賃貸借が終了したとき、賃貸物を原状に復して、これに附属させた物を収去することができる」とのみ規定されており、賃借人の原状回復義務や附属物の収去義務の範囲については実務に委ねられていました。
- 2)そして実務上は、次のように取り扱われていました。
- イ)賃借人の原状回復義務の範囲に関しては、一般に「建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年劣化)及び通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)は、その対象に含まれない」とされる一方、「賃借人の故意・過失・善管注意義務違反、その他通常の使用方法を超える使用による損耗等」はその対象に含まれるとされていました。(注4)
(注4)原状回復費義務の対象についての例示
(国交省住宅局 「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」H23年8月より) - <通常損耗・経年劣化に当たる例示>
- イ)家具の設置による床・カーペットのへこみ、設置跡
- ロ)テレビ・冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気やけ)
- ハ)地震で破損したガラス
- ニ)鍵の取替え(破損、紛失のない場合)
- <通常損耗・経年劣化に当たらない例示>
- イ)引っ越し作業で生じたひっかき傷
- ロ)タバコのヤニ・臭い
- ハ)飼育ペットによる柱等のキズ・臭い
- ニ)日常の不適切な手入れ、若しくは用法違反による設備等の毀損
- ロ)附属物収去義務に関しては、賃借物からの附属物の収去が可能な場合に認められるものであり、附属物を賃借物から分離できない場合や、分離に過分の費用を要する等社会通念上収去が不能である場合には、賃借人が収去義務を負担することはないとされていました。
その前提として、建物に加える造作や模様替えについては、賃貸人の承諾を求め、無断造作を防ぐ約定をしておくのが普通です。 - 2.改正後
改正民法において、改正前に実務に委ねられていた上記2)の イ)及び ロ)の項目について、そのまま踏襲する内容で明文化されました。